デトネーションを利用した新しい内燃機関

反応気体力学研究室(遠藤琢磨)

 

はじめに

図1 PDEのコンセプト

 デトネーションとは、最も激しい爆発の際の燃焼モードである。デトネーションでは、衝撃波と一体となった燃焼領域が波として伝播し、その伝播速度は2-3 km/sに達する。デトネーションに関する研究は、19世紀末期にまで遡ることができる。長年、デトネーションを研究する目的のほとんどは、防爆技術と固体爆薬利用技術とであった。近年、デトネーション制御技術が成熟してきたのに伴い、デトネーションを積極的に利用した新しい内燃機関を開発しようという動きが世界各国で活発化している。特に、筒状燃焼器の中でデトネーションを繰り返し起こさせるタイプの内燃機関はパルスデトネーションエンジンと呼ばれ(通常Pulse Detonation Engineの頭文字をとってPDEと略称されている)、各国で開発が競われている。

 

PDEのコンセプト

 図1PDEの模式図を示す。基本的には、通常のガスタービンエンジンの燃焼器を複数のデトネーション管(デトネーションを伝播させる管)で置き換えた構造である。PDEは、航空推進用ジェットエンジンとしても発電用タービンエンジンとしても開発可能である。空気は、ディフューザあるいはコンプレッサで、初期圧縮を受けつつ取り込まれる。各デトネーション管において、圧縮された空気と燃料とが混ぜられ、デトネーションとして燃焼する。既燃ガスは、ノズルで加速された後、あるいはタービンで仕事をした後、排出される。各デトネーション管では、@空気と燃料の供給、Aデトネーションの伝播(燃焼)、B排気、C空気による残留既燃ガスのパージ、という過程が数10 Hzの周波数で繰り返される。また、複数のデトネーション管を位相をずらして運転することで、ノズルあるいはタービンの入口における流れの脈動を平滑化する。

 

PDEのポテンシャル

 PDEは、その潜在的な熱効率の高さゆえ、開発が競われている。多少荒っぽく言えば、燃焼温度が高いほど、内燃機関の理論熱効率は高くなる。そのため、通常、内燃機関では、燃焼させる前に圧縮してガスの温度を上げておく。つまり、通常のガスタービンエンジンにおける初期圧縮の目的は、圧力を高めることではなく、ガスの温度を上げることである。通常のガスタービンエンジンでは、初期圧縮によって温度を上昇させ、その後、定圧的に燃焼させる。図1に示したようなPDEでは、初期圧縮によって温度を上昇させ、その後、デトネーションとして燃焼させる。デトネーションとは、衝撃波によってガスの温度が上がり、急激な燃焼反応が誘起され、衝撃波と発熱領域との相互作用により、衝撃波と燃焼領域とが一体となって超音速で伝播する現象である。その様子を図2に示す。デトネーションは、管内をチャップマン・ジュゲー(CJ)デトネーション速度と呼ばれる可燃性ガスの種類と初期状態とによって決まる特性速度で伝播する。伝播前の状態が1気圧・300 Kの場合、水素・空気混合気(当量比1)では、CJデトネーション速度は1970 m/s となり、燃焼後の温度は2950 K に達する。なお、同条件で定圧燃焼させた場合の燃焼後の温度は2380 K である。PDEでは、燃焼直前に衝撃圧縮によって温度が上がるため、燃焼温度が上がり、理論熱効率が高くなる。実は、燃焼直前の衝撃圧縮は熱効率の点からはマイナスの効果なのであるが、燃焼温度の高さは、そのマイナスの効果を補って余りあるため、実際にエンジンの熱効率を計算してみると、PDEの理論熱効率は通常のガスタービンエンジンの理論熱効率を上回る。理論熱効率の計算例を図3に示す。横軸は初期圧縮の圧力比であり、縦軸は低位発熱量(Lower Heating Value: LHV)を基準とした理論熱効率である。他の計算条件は図中に示した。PDEの理論熱効率は、通常のガスタービンエンジンの理論熱効率よりも常に高く、その差は初期圧縮の圧力比が小さいほど大きい。

図2 デトネーションの伝播メカニズム

さて、PDEの理論熱効率は、その燃焼温度の高さゆえ、従来のガスタービンエンジンの理論熱効率よりも高い。ここで、PDEでは、燃焼領域が波として燃焼器内部を駆け抜けるため、燃焼器全体が常に燃焼温度に曝されるわけではない、ということに注意しておく必要がある。すでに述べたように、各デトネーション管では、@空気と燃料の供給、Aデトネーションの伝播(燃焼)、B排気、C空気による残留既燃ガスのパージ、という過程が繰り返される。空気による残留既燃ガスのパージの過程では、デトネーション管の内部を温度の低い空気が流れるだけなので、パージ用空気の可燃性ガスに対する流量比を高めることで、燃焼器に対する時間平均の熱負荷をある程度は下げることが可能である。これは、空気による残留既燃ガスのパージを行うパルス作動エンジンが持つ特長の一つである。

図3 パルスデトネーションエンジン(PDE cycle)と

通常のガスタービンエンジン(Brayton cycle)の理論熱効率

 

 

PDEのポテンシャルを引き出すための主たる開発課題

 PDEは、その燃焼温度の高さゆえ、理論熱効率が高い。また、PDEでは、パルス的に燃焼を起こし、燃焼の合間に燃焼器内部に温度の低いパージ用空気を流すため、燃焼器に対する熱負荷は、その燃焼温度の高さに比して軽くすることができる。このようなPDEのポテンシャルを引き出して実用化するためには、パルス動作する燃焼器と他の部分、特にノズルあるいはタービンとのインターフェースに関する技術開発がカギである。通常、ノズルやタービンは定常的な流れに対して設計可能な機器である。したがって、パルス的なデトネーションの発生によって大きな脈動を伴った燃焼器出口の流れ場が燃焼器とノズルあるいはタービンとの間のインターフェース部分で十分に平滑化されねばならない。また、この流れの平滑化によって、空気圧の低い高高度環境でもエンジン内部の圧力を維持することが可能になる。この技術の開発が現在の主たる課題であり、この技術をモノにできるかどうかが、PDEが高性能エンジンとして実用化できるかどうかを左右する。